ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟

アカデミー賞、作品賞、主演女優賞にノミネートされている『しあわせの隠れ場所(原題:ブラインドサイド)』(2月27日公開)の原作を読んだ。『しあわせの隠れ場所』なんて勘弁してくれという感じだが、女性客を惹き付けたいという映画配給会社の意図もわからなくない。アメフトの物語である以上に、家族の物語であるからこれはこれでよいのかもしれない。

この原作は映画の基になったマイケル・オアーの物語とアメフト戦略史の二部構成になっている。まず、アメフト戦略史が重要なコーチや選手の検証、証言によって解説され、その具体例としてマイケルの物語が章立ての交互に挟まってゆくというのがこの本の形式である。

戦略史はレフト・タックル(LT)が近代アメフト史の中で、いかに重要になっていくかということに主眼が置かれている。まず最初に、近代アメフト史に置いて最も重要な変革をもたらした名コーチ、ビル・ウォルシュについて言及されている(おそらく日本野球界で言えば、野村監督のような存在)。彼は、当時指揮していた弱小チームを勝たせるため、ウエストコーストオフェンスと呼ばれるパスプレーを考案する。これは、肩が弱いがコントロールがそこそこ良いQBのパスを活かすためのプレーで、フィールドを横方向へ使ったこのパスプレーは、当時ランプレーが中心だったNFLのゲームにおいて大成功をおさめ、ゲーム戦略を一気に塗り替えていった。こうしてアメフトがランニング・プレーからパス・プレーに移行した事が語られる。そんな中で登場するのがカルフォルニア・フォーティーナイナ-ズの名クウォーター・バック(QB)ジョー・モンタナである。彼は、ノートルダム大学時代はそれほど注目された選手ではなく、体も小さかった。しかし、パス・コントロールの良さと、クレーバーな判断力がビル・ウォルシュ指揮の元、最大限に発揮され、史上最高のQBと言われるまでになったのである。そうして今まで以上に市場価値が高騰したQBであったが、ニューヨーク・ジャイアンツの名ラインバッカー(LB)ローレンス・テイラーの登場によって、QBのブラインド・サイドを守るレフト・タックル(LT)の重要度が増し、最終的にはQBと同等、またはそれ以上の市場価値を持つようになったというのが、この戦略史の要旨である。

そして、このLTというポジションは、生まれ持った体格と運動能力が何よりも重要なポジションで、それによってマイケル・オアーという選手が、全米のフットボール関係者に注目されるまでになった背景が説得力を持って語られるのである。

マイケル・オアーの物語は映画を観ることにして、この戦略史は読むに値する内容である。特にアメフト関係者は読んでおくべき本といって過言はない。

ところで、この本の物語の舞台、ミシシッピ州メンフィスは、街のほとんどの人がエバンジェリカン(キリスト教福音主義)である。キリスト教福音主義は町山智浩氏の本でも何度も語られている通り、共和党に影響力を持ち政治を歪めてきた要因の一つであるから、これはプロパガンダ的な本なのではないかと疑問を持ちつづけながら読んでいた。しかし、同性愛者について語られる場面があり、それを読む限り、中立的な立場で描写していることがよくわかる。マイケルの通ったエバンジェリカン系の私立校ブライアクレストやテューイ家を含めて、南部の人もけっしてステロタイプで見てはいけないと言うことがわかる。

サンドラ・ブロック演じるリー・アン・テューイは、黒人差別主義的な家庭で育ったことも語られている。そして著者は、このテューイ一家とマイケルの関係が、大金持ちの白人が貧しいスラム街の黒人少年を囲って、自分の母校であるオール・ミス(ミシシッピ大学)に入学させるために投資していると多くの人に思われていることにも言及する。NCAAが調査に乗り出したことからも、これは読者もそう思う事だろう。マイケルや、テューイ夫妻にも、お互いが利用されているのではないかと不安に感じる描写がある。しかし、そうしたことをリアルに描写することが逆に、この”家族”の絆の深さを映し出す事に成功しているように思う。仮にそういった動機が少しでもあったと仮定したとしても、結果的に”家族”になったこの一家を誰が非難できるだろうか。読み進める中で、いかに黒人社会の抱える貧困問題が悲しい事件を生み出してきているかが分かる。時折、テューイ家のような大富豪を生み出す社会が、一方でマイケルの産みの母親のような貧困世帯を生み出すようにも思える。だから、この物語を必要以上に美化する必要はない。この物語が語っているのはアメリカの抱える光と影であり、あくまでもその中を生き抜く一人の少年とある家族の物語なのである。ゆえに人間的な”アメリカ人の”物語であると言えなくもない。

リー・アンは気の強い”世間は自分の為にまわっている”と考えているようなセレブ妻で、正直自分の身近にこのような人物がいたら絶対に仲良くできないというタイプ。しかし、このような性格だからこそ、殻の中に閉じこもっているマイケルの心をこじ開けることができた訳で。この物語の魅力は、このリー・アンをはじめ、登場人物が皆人間的であるという点である。マイケルの弟となるショーン・ジュニアにしても生意気なガキだし、マイケルの家庭教師スー夫人も、一癖二癖ある人物である(演じるのは『ミザリー』のキャシー・ベイツ)。主人公のマイケルとて例外ではない。しかし、そうした欠点がチャームポイントをより引き立たせ、魅力ある人物に思わせる。サンドラ・ブロックがリー・アンの適役だってことが、本当によくわかる。

ところで、映画で父親役ショーン・テューイを演じているのはティム・マッグロウ。カントリー・シンガーである彼は典型的南部の成功者の男を演じるにはピッタリ。しかも私生活では同様に美人妻フェイス・ヒルの尻に敷かれている感じ。たぶん、ハマり役でしょう(笑)。彼演じるショーンがマイケルに詩を教えるシーンにはジーンとくるものがあった。これは映画のシーンにもあるのかな?

映画の原作は、映画を見る前に読んだ方がいいものと、読んだ後に読んだ方がいいものがあるが、この本は前者に当たる本。これを読んでから映画を見ても十分に楽しめる、いや読んだ方が十分に楽しめる原作本です。

2010/02/14

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