【読書感想】流星ひとつ

流星ひとつ (新潮文庫)

流星ひとつ (新潮文庫)

この沢木耕太郎が引退発表後の藤圭子をインタビューした本作品は、長いことお蔵入りになっていたということは、随分と前から知っていた。そんな作品がなぜ刊行されることになったかというと、藤圭子があのような形で人生の最期を迎え、それに対して発表された宇多田ヒカルのコメントを知って、彼女に精神的な病に蝕まれる前の活き活きとした藤圭子の姿を伝えたかったからだと巻末の「あとがき」に記されている。

そうした動機があった上での刊行だったので、沢木は宇多田照實とヒカルのもとに、この本を送ったと一部週刊誌は伝えているが、元夫である照實氏は激怒したそうである。本当かどうかわからないが、、、。

単行本が出てすぐに読みたいとも思ったが、文庫版が出るまで待つことにした。文庫版がリリースされたので購入したのだが積読状態。ここ数ヶ月、仕事が閑古鳥が鳴いている状態だったので、ようやく手に取ったというわけだ。

地の文がなく、すべてインタビューの書き起こしで構成されているので、沢木作品の中ではかなり非常に読みやすかった。宇多田ヒカルは、この本を読んだのだろうか、読んでくれているといいなぁと思いながら読み進めたが、元夫が激怒したのもよく分かる。その当時、藤と恋仲であったのではないかと噂されていた作家から、元妻の死後、新刊のインタビュー本が送られてきたということが事実なのであれば、そうした反応も致し方なかったのかもしれない。一方で、恋仲であったというのは単なるゴシップで、作家として彼女の死に際して哀悼の意を現すために世に送り出されたと受け止めることもできる。だだ、本作品を読み進めればわかるが、藤と沢木の会話は恋人同士のそれのようであり、明らかにお互いが好意があるということが生々しく伝わってくる。だからこそ、一人の女性としての藤圭子の姿が活き活きと伝えられている訳なのだが、それが理由で宇多田ヒカルに読まれていないのであれば少しせつないし、今は無理でもいつの日か読んでほしいなと勝手ながらに思う。

本ブログを読んでくれている方は、スポーツに興味がある方が多いと思うので、この本には興味がないという人も多いと思う。しかし、多くのスポーツ・ノンフィクションを世に送り出した沢木なだけに、インタビュー中の会話で、何人かアスリートが登場している。最も印象的な一節は、ゴーマン美智子という日本女子マラソンのパイオニア的なランナーの話である。若い頃は走ることだけに集中して、周りの景色なんて見えていなかったのに、ベテランとなって走った国際女子マラソンでは周りの風景が見えてしまったという事実にショックを受けたという彼女のエピソードが語られるシーンがあって、引退を決めた藤が、その話に非常に共感するのだ。ストイックなまでに、歌に向き合った結果である藤の引退に、アスリートの姿を重ねてくるくだりは、沢木がインタビュアーとして稀有な才能をもった作家なのだということがよくわかる部分だ。

北海道で過ごした幼少期から、石坂まさお(澤ノ井龍二)と出会って鮮烈なデビューを飾るまでのエピソードもインタビューで語られているが、その中でも最初の夫である前川清との関係は、別れた後もお互いに尊敬しあっているのが伝わってきて、前川清△状態 (これも宇多田父には面白くない部分かもなぁ。)

藤圭子という歌手と同時代を生きてきた世代にはもちろんのこと、宇多田ヒカルは好きだけど、藤圭子はあまり知らないという若いファンにこそ、この本を手にとってほしいと思う。今はYouTubeがあるから、その都度、音源を聞きながら読むのもいいかもしれない。宇多田ヒカルはシンガーソングライターだけど、藤圭子は歌手だ。歌手という面では、娘よりも才能のある人だったように思う。歌手だからこそ、楽曲との出会いとそのタイミングが人生を左右した。楽曲に恵まれて成功し、楽曲によって不幸にもなったというのが、稀代の才能を持つ歌手としての運命だったのだろう。

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