【サンプル記事】アダプテッドスポーツの世界

パラリンピックだけじゃない! アダプテッド・スポーツの世界

 

近年、アダプテッド・スポーツ(adapted sport)という言葉をよく目にするようになってきている。これは障害者、高齢者、子どもなどが参加しやすいように既存のスポーツを修正したり、新たな競技を創設したりするなど、それぞれの対象者に最適化されたスポーツ競技や身体活動全般のことを指す。

アダプテッド・スポーツでは、競技者個別に異なる指導やアプローチが必要な場合も多々あり、そのためには世間の認知度を高め、制度や環境の整備していく必要がある。そこで、今回は、知名度の高いパラリンピック以外のアダプテッド・スポーツ活動について、代表的なものをいくつかピックアップして紹介したい。

スペシャルオリンピックス

スペシャルオリンピックスは、知的障害者のための国際的なスポーツ組織だ。この組織は、ジョン・F・ケネディ大統領の妹であるユニス・ケネディ・シュライバーが始めた慈善活動が起源になっている。ケネディ家には、知的障害を抱えるローズマリーという長女がいたが、差別意識の強かった当時の社会背景の中で、両親は彼女の存在を隠し続けていた。それに疑問を抱いていた次女のユニスは、第二次世界大戦で戦死した長男のジョセフ・ジュニアを追悼する財団を父親から任されたことを契機に、知的障害者へのサポート活動に取り組み始めたのだ。1968年には、正式にスペシャルオリンピックスという組織がスタートし、第1回の競技大会を開催。そうした活動に触発されて、ケネディ大統領も政治的な課題として知的障害の支援に取り組むようになった。

ノンフィクション作家の遠藤雅子氏が著した「スペシャルオリンピックス」(集英社新書)によれば、アメリカにおいて象徴的な一族であるケネディ家が始めた社会活動なので、同国ではパラリンピック同様に非常に認知度が高いとのこと。日本では、1994年にスペシシャルオリンピックス日本が発足、国際本部から認証されている。

オリンピックスと複数形になっている理由は、この活動が地域社会における日常的に継続したトレーニングとしての側面と、自身のパフォーマンスを発表する場としての側面が両輪になって運営されているからだ。また、夏季と冬季に開催されるナショナルゲームや全国大会以外にも、年間を通して地区大会や各種イベントが開催されている大会すべてが“オリンピック”であること意味している。

精神障害者スポーツ

障害者基本法には、身体障害、知的障害、精神障害という3つの分野の障害者が定義されているが、精神障害は認知度も低く、具体的な定義を知る人は少ないだろう。精神障害とは、うつ病、双極性障害、気分障害、不安障害、薬物中毒などを抱えている人のことを指す。この精神障害者のためのスポーツ活動は、アダプテッド・スポーツの振興を考えるとき非常に重要である。しかし、精神障害者のためのスポーツ大会組織は長いこと存在しておらず、環境が整っていなかった。

このような状況が改善されたのは、身体障害だけを対象とするのは不平等であり、障害者間の差別につながるという指摘を受けて、2000年に全国身体障害者スポーツ大会が、全国障害者スポーツ大会という名称に変更されてからである。これを機に、第2回大会から精神障害者のバレーボールが準公式種目として認められ、2008年から正式種目として加えられている。また、精神障害者スポーツを普及は世界的にも活発になってきており、少しずつではあるが、国際化を目指して交流試合も開催されている。

高齢者スポーツ

日本では、通称「ねんりんピック」と呼ばれる全国健康福祉祭というスポーツと文化の祭典が、厚生労働省、各自治体、長寿社会開発センターの共催で毎年実施されている。この大会は、60歳以上の高齢者を対象としており、全国的な高齢者向けのアダプテッド・スポーツ大会の一つである。

また、スポーツ大会ではないが、アメリカでは高齢者施設、リハビリーテーションセンターなどで導入されているセラピューティックレクリエーションという福祉活動が存在する。これは障害があり、自立した余暇生活を営むことが困難な人々が「余暇への権利」「自己決定」「クオリティ・オブ・ライフ」という3つを充実させていくための支援活動である。この余暇における文化活動の一つにスポーツや身体運動が含まれているのだ。こうした日常におけるスポーツ活動を充実させていくことも重要である。

LGBTのためのスポーツ

セクシャルマイノリティの人々を対象とした、ゲイゲームズや、ワールドアウトゲームズといった国際スポーツ大会も一種のアダプテッド・スポーツだと考えられる。LGBTに関しては、通常のスポーツ大会に参加可能である人も多い。実際、アスリートが引退後、同性愛者であることを告白するケースなども増えてきた。しかし、現役のアスリートが自身の性的指向や性自認をカミングアウトすることは極めて稀なのが現状だ。このことが物語るように、まだ差別意識が根強いために、スポーツの楽しさを享受できていないLGBTに人たちも少なくない。特に、性別違和(性同一性障害)の問題を抱える人たちは、性別というカテゴリーによって通常のスポーツ大会に出場できないことが多いため、こうした大会の意義もあると考えられる。

真のスポーツ先進国になるためには

上記にピックアップした他にも、聴覚障害者のためのスポーツ競技大会であるデフリンピックなど、国際的に展開されている様々なアダプテッド・スポーツ活動がある。これら障害者スポーツに関しては、パラリンピックに統合していくといった考えもあるが、なかなかそうした流れにならないのは、勝利至上主義になることや、商業化していくことの懸念が、それぞれの団体にあるからだろう。パラリンピックでは、すでにドーピングの問題が起こりつつあり、それがアスリートの身体に悪影響を及ぼすといった自己矛盾を孕む危険性が潜んでいる。

そうした負の側面に対する議論は今後の課題ではあるが、アダプテッド・スポーツの普及が、誰もが平等にスポーツ活動を行える社会の成熟度を示す指標であることは間違いない。日本では、積極的にスポーツをする子どもと、そうでない子どもの二極化や、高齢者のスポーツ実施率が向上する一方で、20代〜40代のスポーツ実施率が低下しているという報告もある。本当の意味で、スポーツ先進国を目指すのであれば、トップアスリートの支援だけでなく、すべての国民がスポーツ競技を楽しむことができる社会を作り上げていくことが重要であろう。

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