映画「聖の青春」

将棋やチェスをスポーツの一種だと考える人たちがいる。それを知って「身体を使ってこそスポーツであり、マインドスポーツなんて概念自体おかしいんじゃないの?」と思う人は多いだろう。私自身も、この物語に出会うまでは、同じように違和感を感じていた。

この映画「聖の青春」の原作は、29歳で夭折した天才棋士、村山聖の人生を描いたノンフィクションで、作者の大崎善生は、2000年にこの 作品で第13回新潮学芸賞を受賞、続く「将棋の子」にて、第23回講談社ノンフィクション賞を受賞したのち、現在は小説家として活動している。

私のやりたいと思っていることにきっと役立つはずと言われ、友人の勧めでこの「聖の青春」を読んだのが2009年。当時、私はまだ雑誌編集には携わっていなかったのだが、大崎氏は、日本将棋連盟が発行する「将棋世界」編集長だった人なので、専門誌の編集あがりで創作の世界で成功した人物という意味で、私の中では今後の人生において、一つのロールモデルになってる人物でもある。

そんな思い入れのある作品が映画化されると聞いて、絶対見に行こうと思っていたのだが、どうせなら、本を勧めてくれた高校時代の友人と一緒にみたいと思い、スケジュールが合わないままになって1ヶ月近くたってしまった。結局1人で見に行くことになったのだが、思っていた以上に良い映画だったので、本当に見にいって良かったと思う。

原作が良いので、つまらなく作る方が難しいと思うのだが、過去に同じく村山聖の人生を描いた漫画『聖 -天才・羽生が恐れた男-』という作品(聖の青春が原作ではないので別作品)が、お涙頂戴であまり好きになれなかったので、一抹の不安はあった。しかし、この映画は、聖の人生を変に誇張することなく、役者も監督も大崎善生の原作読み込んだ人が丁寧に作った映画だという印象を受けた。

原作には、些細だけど大事な描写が沢山あるのだが、さすがにあのセリフやシーンは入ってないだろうなという箇所も、ちゃんと盛り込まれていたので、原作のファンとして非常に好感を持った。映画という枠におさめるために、モデルになった複数の人物が一つに統合されていたり、セリフやシーンが創作されている部分もあるのだが、それが違和感なく受け入れられたたし、原作を読んでウルウルきた感じが映画を見てて蘇って来るようだった。

演じている俳優が全てモデルになっている人物よりも男前なので、最初は少し引っかかりがなかった訳でもないのだが、物語が進んでくると、どんどん馴染んでいって、本物の村山聖や羽生善治に見えて来るようになった。特に、松山ケンイチは、ただ単に役に合わせて体重を増やしただけでなく、この役がどうしてもやりたかったという情熱が伝わって来た。命がけで将棋を指していた聖を、命がけで演じたといった感じだ。羽生名人を演じた東出昌大も、あまり器用な役者さんという印象がないのだが、クセや表情がよく似ていて、好演していたと思う(また、筒井道隆が、原作者をモデルとした人物を演じているのだが、最後まで気づかなかった)。ドキュメンタリーでは再現できない部分も描けてるし、映画化した意味はあったのではないだろうか。欲を言えば洋画のBased on a True Storyモノのように、エンドロールで本人の写真を使ってほしかったかな。プチ情報として、この映画、竹内力とRIKIプロジェクトが制作に関わっている。

また、原作は前半に、師匠の森信雄との師弟愛が描かれているのだが、映画では羽生善治とのライバル関係を中心にまとめられている。森信雄七段は、今も村山聖の思い出をブログに綴っており、非常に温和で魅力的な人物像が垣間見られるので、この映画で興味を持った人はそのブログも覗いてみると面白いだろう。

冒頭にスポーツとしての将棋に触れたように、何よりこの映画をお勧めしたいのはスポーツ選手。さすがに、チェスや将棋をオリンピック種目にする必要はないと思うけれども、この映画をみた多くの人は、将棋がスポーツであることを理解するのではないかと思う。奨励会には年齢制限があって、神童と呼ばれ中卒で将棋界に入ったような人たちが、厳しい勝負に破れて辞めていく姿をみると、ある意味、スポーツの世界よりも厳しい世界だなとも感じる。その辺りは、この作品の続編とも言える「将棋の子」に詳しく描かれているので、そちらもぜひ読んでほしいなと思う。

一押しの傑作という訳ではないのだが、非常によくできた佳作で、もっと多くの人に見てもらいたいと感じる。けれども「この世界の片隅に」「君の名は。」「シンゴジラ」といった話題作に埋もれて興行成績は期待できそうもない。そういった意味で、ちょっと公開のタイミングが悪かった(上映館数が少なすぎるし、東京の映画館で公開されるのは1月13日までのようである)。

映画を見終って外に出ると大雨。すぐに帰ったほうがいいなと思ったりもしたが、どうしても吉野家に行きたくなった。

「牛丼は吉野家じゃなきゃ意味がないんですよ」

やっぱそうですよね、聖さん。いや、松屋も好きだけれども。

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